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優しさ溢れる

まだ慢心するなよ


「勘太郎、お前の腕はまだまだである」
   「はいっ、お師匠さま」
 
 ある日、辰巳一家白鳳丸功效の若い衆が意気込んでいる。その割には、ふっと表情に陰りをみせる。
   「勘太郎、世話になったなぁ」
   「泰吉兄ぃ、何処かへいっちまうのですかい?」
   「多分な」
   「どうしたのです?」
   「猪熊一家へ喧嘩状の返事をもって行かされることになった」
   「そんな使いなら、俺らが行ってきますぜ」
   「簡単に言うな、多分、生きては帰れねぇのだぞ」
   「何故?」
   「喧嘩開始の血祭りだ」
   「ふーん」
   「ふーんって、それだけか?」
   「兄ぃ、俺らに任せとけって、上手く返事を伝えて逃げ帰ってやる」
   「それはダメだ、親分が許さねぇ」
   「どうして?」
   「だって、おめえは将来辰巳一家の跡取りになるのだろう」
   「俺が?」
 勘太郎は寝耳に水であった。泰吉に問い質せば、いずれ親分の養子になって、一家を束ねることになるのだそうである。
   「あはは、ならねぇよ」
 勘太郎は、三下でも半かぶち(半分やくざ)でもない。ただの下働きで、しかも置いて貰っているだけで、決まった駄賃すら貰っていない。
 たまに、「女郎買にでも行って来い」と、一朱か二朱持たされるが、これでは夜鷹も買えない。それでも黙って働いているのは、朝倉辰之進に剣の指南が受けられるからである。

 猪熊一家には、俺らが行くと親分にいうと、「子分でもないおめぇを‥」と、渋っていたが、勘太郎のたっての申し出に折れた。あの様子だと、養子の話は満更嘘でもないらしい。「そろそろ潮時かな?」と勘太郎はそろそろ旅に発とう思った。

 清水一家の桶屋の鬼吉は、喧嘩状の使いの時は棺桶を担いで行ったという。殺られた時は、これに入れて帰してくれという覚悟を示したものである。勘太郎は、長脇差を一本だらしなく腰に差し、鼻唄まじりで出かけていった。

   「おひけぇなすって」
   「なんだ、三下の勘太郎じゃねぇか」
 三下じゃねぇやと口からでそうになったが、飲み込んだ。
   「へい、喧嘩状の返事を、口頭でさせていただきやす」
   「それで?」
   「売られた喧嘩、買わせていただきやしょう」
   「それが辰巳の返事だな」
   「確かにお伝えしゃした、では勘太郎帰らせていただきやす」
   「待て、そう急がずとも、乗り物に乗せて送ってやろう」
 ははん、戸板だなと思ったが、にンまり笑って「結構です」と、断って頭を下げた。
   「そいつを帰すな、血祭にあげろ」
 それ来た、泰吉の兄ぃが言っていたことは本当だったのだと、「キッ」と身構えた。
   「わかりやした、殺って貰いましょう。その前に、この喧嘩のもとは何か教えてくれませんか?」
   「死に土産だ、教えてやろう。猪熊の縄張りで、辰巳の若いもンが、女を手籠めにしょうとしたところを、うちの若いもンが止めたので殴りかかってきた」
   「いつ?」
   「昨日の昼よ」
   「まっ昼間に、女を手籠め?」
   「そうよ、うちの若いもンは、歯を折られちまったのよ」
   「ふーん」
   「納得したか?」
   「ばか、そんな下らねぇことで殴り込みか」
   「親分に、ばかとは何だ」
 子分の一人が、勘太郎を捕まえようと腕を伸ばしてきたところを斜め後ろへ飛び、腰の長ドスを抜きざまに男の腕を斬った。いや、見ていた者は斬ったと見たが、武士さながらの素早い峰打ちであった。一同は「おお」と唸り一瞬固まったが、気を取り戻して長ドスを抜いて勘太郎に向けた。
 その時、師の「先手必勝!」の声が、勘太郎の耳に飛び込んだような気がした。長ドスの峰を返したまま、勘太郎は子分たちの中に飛び込んだ。
 束になって斬り込んでくる子分たちを、物の見事に躱(かわ)していたが、「やめた、やめた」と突然長ドスの切っ先を下げた。
   「てめえらのドスじゃ、この勘太郎を斬るのは無理だ」
 師譲りの、ハッタリをかました。これも、新免一刀流の奥義だとか。
   「これ以上かかってくるなら、明日の殴り込みでドスを持てるものは少なくなるぜ」
 それに、辰巳一家には、勘太寶寶 免疫力郎の師匠が居る。
   「猪熊一家に、勝目はないと思うが、明日を楽しみにしているぜ」
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